「こんなことを考えたことはないかい」
また始まった。
譲は購買で買ったスターバックスのカフェラテにストローを差しながらこう続けた。
「幽霊は心霊スポットじゃなくて自分の心の中にいるんだ」
「いきなり何を言いだすんだ?」
「君は幽霊を信じるか?」
こいつはいつも唐突だ。それでもこいつの話はいつも聞いている。俺は午後の紅茶のふたを回しながら答えた。
「え、信じてないけど」
「そうかい」
「譲は?」
俺は一口含んだ。
「僕はいると思ってるよ」
譲はカップを手に持ち、カフェラテをストローから口に含んだ。長くゆっくりとストローを咥え、頰が膨らむほど吸い込んだ。
「非科学的なのに信じるのか」
「……そうだね、非科学的でも僕はいると思ってるよ。ほら、悪魔の証明ってあるじゃん。ないことは証明できないだろ」
口の中のものをゆっくり飲み干してから譲は答えた。
「それで、何が言いたいんだ?」
「幽霊は心霊スポットにいると思うかい?」
俺自身、幽霊なんて毛頭信じてもいない。心霊映像もどうせ人が捏造したもんだと思っている。
「いないと思ってる人間にまだ聞くか」
「で、心霊スポットにいると思うかい?」
「いるとしたら心霊スポットなんじゃないか」
「そういうと思っていたんだよ」
そう言わせてきたのはお前の方じゃないか。無理矢理自分の言いたい方向に話をリードする。そうなってからのこいつの話は長い。500mlのペットボトルじゃ足りないくらいだ。もう一本の午後の紅茶とこいつの話、どっちが俺の体に悪いかは知ったこっちゃない。
「幽霊は心霊スポットなんかにはいないんだよ」
こいつは俺の心中なんてお察ししない。こちらの表情なんて気にも留めず口は開く。
「だって心霊スポットに幽霊がいるなら無作為にそこを通ったみんなが幽霊に遭うことになるだろ?」
「霊感って奴もあるんじゃないのか?」
「そう、それなんだよ。霊感って奴から怪しいと思ってるのさ」
譲の目はさらに輝く。自分から踏み入れてしまったことを後悔するにはもう遅い。
「君が幽霊になったとして考えてみて欲しいんだけどさ」
「縁起でもないことを」
「そんなことはどうだっていいんだ」
だろうな。そうだと思ってる。
「君が幽霊になったとして、心霊スポットにいるかい?何のために幽霊になったんだい?」
「現世の人を呪うためじゃないのか?死んでも死にきれないんだろ」
「わざわざ呪うために僕は幽霊になりたくないよ。自由に動ける幽霊になって、そうなってもまだみんなを嫉み恨みつつけるかい?そうじゃないだろ、君だったら女子校にでも行くだろ?」
「なんでそうなるんだ」
「まぁそうじゃなかったとしても自由には動くはずだ。心霊スポットになんか残りたくないだろ、わざわざ自分の死んだところにいるなんてどうかしてる。どうかしてるから幽霊になるのかもしないけどさ」
確かに山奥で死んだとして、そこに残り続けようとは思わない。そこに何人の人が来るだろうか、ずっとずっと待っているのだろうか。幽霊に時間感覚があるのかは知らないが。
「それなら心霊スポットに行った人たちが幽霊に遭うのは何なんだ?」
「そんな場所にわざわざ行く人たちは幽霊に遭いたくて、というよりは、心霊現象に遭いたくて行ってるわけだろ?そしたらちょっとした何かでも心霊現象と思い込むんじゃないか?虫の羽にライトが反射しただけでもプラズマだのなんだのというだろ?」
譲は一呼吸入れた。本題に入って言いたいことが次々出てくるようだが口がうまく回らないのは前から変わらない。それでもここで一呼吸入れられるようになったのは成長だろうか。俺も野暮な返答をしなくなったあたり成長、いや、順応したのかもしれない。
「つまり、言いたいことは何だ?」
俺は助け船を出すことにした。ただ、譲にとってはキラーパスにもなり得る質問かもしれない。こいつが話をまとめきってから話してきてくれることは少ない。オチもないことが多い。
「幽霊を始め、心霊現象は見たい人には見えるということさ。古めかしい旅館に泊まって、夜、布団の中から天井を見上げたら木目が人の顔に見えるのも、その旅館が怖いと思う気持ちが少しでもあればそうなるということさ」
旅館の話は別に心霊現象ではなくただの思い込みではないか、とすぐに口に出そうになったが直前で止まった。余計に話を膨らましたくはない。
「でも、見たい人には見えるというなら、それは心霊現象であると思い込んでいるごくごく自然の現象じゃないのか?それなら心霊現象もとい幽霊は存在するとは言えないんじゃないか?」
「良い質問をするねぇ」
予想外の質問をすると譲はこういった返しをする。
「そう言われると思ってちゃんと考えてあるのさ、幽霊は存在するって言える理由をね」
予想外ではなかったみたいだ。
「幽霊は見たい人には見えると言ったろ?つまりさ、幽霊は心霊スポットにいるんじゃなくて見たい人の脳みその中にいるんじゃないかな。心霊現象も幽霊も見たい人の心の中にでもいるのさ、当人の思い込みがほとんどだろうしね」
そう言うと譲はカフェラテの最後の一口を飲み干し、ストローをカップの中に押し込んだ。最後の一口は話が終わったときのためにあると譲から聞いたことはある、つまりこれで話は終わりなのだろう。
「ほら、4限まであと10分だぞ、教室行こう」
譲は鞄を手に持ち、立ち上がるところだった。話が終われば譲はそれで満足だ、俺もそれ以上聞いたりはしない。別に俺もそれ以上の興味はない。
今日は少し肌寒い。明日からはパーカーを着てこよう。